スタッフその1のブログ

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zoom RSS 父親になるということは

<<   作成日時 : 2008/05/03 23:31   >>

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自分もいつか、誰かの父親になる日がくるんでしょうか?
スタッフその1です。

父親は自由業なので私がGWに入るのを待ってから、ふら〜っと福岡まで車で遊びに来てくれました。
途中、岐阜の郡上八幡から福井の敦賀に立ち寄り、山陰を走ってきたと言っておりました。
帰りは山陽を走りつつ四国を放浪して埼玉を目指すとの事でした。

わたしも何度か同じルートを通ったことがあるので、
「あそこはいまどうなってるの?」とか「あそこがこんな風に変わってた」とか、
いろいろ情報をもらいました。

父親に福岡の新居を見せた後、
「どこか行きたいところはあるか?」といわれ「長崎に行こうよ」と言ってみました。

転勤してきてから佐賀・大分・熊本は走りに行ったので、長崎をリクエストしました。
父親の車に乗って一路長崎へ。

車を走らせながらおもむろに携帯から今夜の宿の予約をとる父親。
埼玉に住んでいながら、長崎のホテルの電話番号がなぜ電話帳に入ってるの・・・??
相変わらず行動範囲の広い人だなぁと尊敬しました。

自分も旅をするときに宿泊先はその日の夕方にとります。
車でどこまで走れるか、夕方になればだいたいわかるからです。
電話番号は走りながらネットを使って調べます。携帯の電話帳には入っていません。。。
そこが、自分と父親の違いです。完全に父親に負けてます。

長崎へ向かって佐賀を高速で走っていると、いきなり「降りるぞ」と一般道へ。
高速の出口から程近い料亭へ入り、
「ここの庭がとってもきれいなんだ。憶えておけ。」
・・・、なぜ知っている。。。

また高速へ戻り、長崎の街へ到着。
早めに宿についてしまったので、夕飯まで徒歩で散策することにしました。

他愛も無い話をしながら入ったケーキ屋さん。
「ここの2階でコーヒーが飲める。禁煙だけどいいか?」
「いいね!お茶しよう。」
ん・・・、なぜ2階が・・・、しかも禁煙だとを知っている。。。

お茶した後、眼鏡橋・出島を散策して夕飯にしました。
「明日のプランは今夜考えておく」
「おまかせします」

父親もここ数日、車を運転しっぱなしだったので早めに就寝しました。

翌朝、グラバー邸へ行きました。
長崎は坂がとっても多い街です。NSXではこれないな、と思いました。

グラバーさんはとってもすごい人だということを勉強できました。
日本で始めて私設電話を設置したり、キリンビールのもとを築いたり。
新橋に鉄道が出来る8年も前に、私有地で上海から買って来た汽車を走らせたり。
明治維新の坂本竜馬、高杉晋作らとも交流があり、自宅で薩長の会談も行われたそうです。
会談用の隠し部屋もありました。

邸宅のある丘の上からは長崎の街が一望できます。
海を挟んで対岸にタンカーを造っている三菱造船所が見えて、
タンカーを指差しながら「あれはこうやって造るんだ」と講義してくれる父親。
「おぉ、なるほどね!」とわたくし。
つかぬことをお伺いしますが・・・、なぜタンカーの造り方を知ってるんですか??

長崎市をあとにし、一気に西海橋まで北上しました。
ここは大村湾と東シナ海を結ぶ海峡があります。
大村湾と東シナ海はここでしかつながっていません。よって、潮流がものすごく早く、
渦潮が出来ていました。

「コーヒー飲みたくないか」
「いいですね」

海沿いの丘の上にあるホテルを指差し
「ここのホテルのプールサイドからの眺めが最高だ」
「はい。・・・よくご存知で」

ラウンジでお茶した後、プールサイドから西海橋を眺めながら、
なぜかメディアの話になりました。

30年前、メモリの相場は1M・1万円だったそうです。
そのころは半導体メモリなど無いので「磁気テープ」でした。
存在は勉強したことありますが、わたしも実物を見たことはありません。

携帯に入っている2GバイトのマイクロSDを取り出して
「数千円で購入したメモリだが、30年前ならこれは2000万円だな。」
「うん。そうですな☆」

次世代ブルーレイ、なぜレンタル業はディスクメディアにこだわって半導体メモリにしないのか。
などの談義がプールサイドですすみ〜、そろそろお昼ご飯の時間になり〜、

「牡蠣は食べれるか?」
「はい、好んで食べたりはしませんが、嫌いではありません」

「そうか。このホテルの下の海にいい店がある。」
「よく・・、ご存知で。」

丘を降りて海へでると、海上に筏(いかだ)で浮かんだお店がありました。

注文すると、海から牡蠣を水揚げしてくれて、それを炭火の上で焼いてくれます。
海の塩味がきいており、調味料は要りませんでした。
うまかった〜。
お店の人が「1kgサービスしておくからね☆」って言ってくれて、ほんとお腹いっぱい♪
生まれて初めてあんなにたくさんの牡蠣を食べました。

眺めが綺麗なホテルの近くに、「針尾送信所」という通信基地があります。
現在はその役目を終えていますが、アンテナを張るための高さ約140mの塔が3本立っています。
写真付のHPがあったので下にリンクを書いておきます。
・針尾送信所・

3本の巨大な塔が天に向かって伸びる姿は壮大でした。
大正時代にコンクリートでここまでのものを建造する力が当時の日本にあったんですねぇ。
しかも、現在もひび割れすることなく、綺麗な状態で残っています。(結構すごいことのようです)
現代において長波を使うことは無くなってしまいましたが、この施設は残してほしいと思いました。

300m間隔で正三角形に配置されているところなんかも、幾何学的美があって、
非常に美しい建造物だと感じました。

しっかし、1辺300mのアンテナとは・・・。
長波は30kHz〜300kHzの周波数帯をさします。光の速度を秒速30万kmと仮定すると、

v=fλ (v:光の速度 f:周波数 λ:波長)

上式にそれぞれ当てはめてみると、
300kHzで一波長1000mになります。アンテナ工学を勉強したことが無いので詳しくはわかりませんが、
正三角形の1辺が300mなので、2分の1波長で大体600mぐらいになる周波数を使っていたのでしょうか?
どなたかご存知の方がいらっしゃったら教えてください。

「ニイタカヤマノボレ」

の電文を総旗艦・長門から受信し、南太平洋へ展開している艦隊へ送信したことでも有名みたいです。

送信所を後にし、有田の陶磁器市へ行ってきました。
1kmほどの街道に百以上のお店がひしめき合っていました。

年に一度のお祭りのようで、(ほんとタイミングがよかったです)
沢山の窯元がお店を出していて、柿右衛門は当然見れませんでしたが、
源右衛門・今右衛門の作品を直に見たのは初めてでした。
有田を現代風にアレンジした創作有田もあり、とても面白かったです。

「気に入ったコーヒーカップがあったら買ってやる」

そう言って貰えたので、いろいろ物色しながらとある工房へ入りました。
その工房の特徴は「白」
柿右衛門に代表されるように、有田は赤が特徴ですが「白・造形」で表現している工房でした。

「お久しぶりです」
「あら、どうしたの!?」
「ご主人は?」
「奥に居ますよ☆ちょっと待ってて〜。」

工房の女将さんと父ちゃん喋ってる〜。。。
いい加減、恐ろしくなってきたぞ。
昨日から何度も同じ問いを心の中で叫んできたけど、さすがに口に出して聞いてしまった。
「なぜ、ご存知なのですか・・・」
「ん?以前、一緒に仕事をしたことがある」

あ・・れ・・・?父ちゃんのお仕事って、なんでしたっけ??
自由業って事はわかってますけど。

有田に来て思ったもうひとつのことは「日本は平和だ」です。
とある窯元へ入ったときのこと、
屋内には誰も居ません。そのかわり、値札に20万から80万とかかれた壷・お皿が畳の上に綺麗に飾られていました。

「御用の際は、奥までお願いします」

っておーい!
出店だって、店員さんちゃんといますよ〜!!
こんな高価なものをおいておいて、ほったらかしですか!!

ん〜、日本は平和だと思いました。

有田をあとにし、福岡まで帰ってきました。夕日が綺麗な時間になっていました。
「今夜はうちに泊まりますか?」
「いや、今日のうちに四国へ入りたい」

ということで、晩御飯だけ一緒に食べることにしました。

まさかとは思いましたが、ここでもきました、

「いい店を紹介する、憶えておけ。」
「はい。お願いします」

そこはステーキハウスでした。
駐車場にほかの車も無く、営業しているのか?と思いましたが電気はついていました。
ロビーで席の準備が出来るまで待ちます。

ウェイターさんが「どうぞ」と案内してくれた、広い店内には誰も居ません。ピアノが真ん中にあるだけでした。
おっと〜、父ちゃん、、、まっさか〜の、
貸切ですか。。。(あはっははは)

「ロースとヒレ、どっちが好きか?」
「ヒレ、、、でお願いします」

広い店内には二人の食事の音と声しかしません。

肉をかみ締めながら、いろいろ話しました。
これまでのこと、これからのこと。

そして思いました、
いつになるか、実現するかわかりませんが、自分も誰かの父親になる日が来たとしたら、
我が父のような父親になれるのか?と。

追いかけても追いかけても、我が父のその背中は遠く、そして広い。
家をでて独立し、単身九州で生活している今。
自分が目標としてきた人の大きさを改めて感じています。

「あの、何か恩返しがしたいのですが。」

「親父に何かしてやろうなんて百年早い、まずは俺を超えてからだ」

食事が終わって、四国へ向かう父親を見送りながら、
この人の下に生まれてきて良かった、と思う今日この頃です。

我が父、わたしがもっとも尊敬する人です。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私、同じく父親業をしていますが。。。
このスタッフその1さんの父親ってスーパーすぎませんか!?
自分は唖然とするのみです(汗)


っていうか、スタッフその1さんの「熱き心」の源が、
何となく理解できたようにも感じます。

目標は高いに越した事ありませんが、
並ぶにも大変なお方ですね。
でも、アプローチによってはスタッフその1さんも、
必ずや越えられる要素が私には感じられます。
こんなに身近に目標、イヤ超すべきお方がいるっていうのも、
1つの試練でも有り、幸せでもありますね。
気張らずにファイト!ですね。
杉並W
2008/05/08 09:55
いつもコメントありがとうございます。
歳を重ねるごとにスーパーさを実感している今日この頃です(笑)

自分もかっこいい父親になれるように、
まだまだ修行しますよ〜!!

杉並Wさま、
これからも暖かいご指導宜しくお願いいたします。
スタッフその1
2008/05/11 17:08

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